今国会で成立するか大きな注目を集めているのが、臓器移植法改正案です。
A案(提出者中山太郎・自民党、福島豊・公明党)、B案(石井啓一・公明党、阿部俊子・自民党)、C案(阿部知子・社民党、枝野幸男・民主党)、D案(根本匠・自民党、笠浩史・民主党)と4つの法案が提出されるという異例な展開をたどっています。この「異例な展開」を招いたのは、やはり、「人の死」についての社会的合意が得られておらず、かつ、議論が余りにも性急だからといえるでしょう。
最初に提出されたA案は、移植学会などが支持しているようです。ところが、A案は、脳死を「人の死」とするため反発を受け、その後の3法案提出という事態を招きました。
A案を支持する議員は、「本人が拒否できるのだから、一般的に脳死を人の死と考えるものではない」と主張したり、一方で、別の議員は、「脳死は一般に人の死と社会的にほぼ合意できている」、「脳死を人の死と認めていないのは日本だけ」(5月27日付け毎日新聞・冨岡勉議員発言)と主張するなど、主張の論拠がぶれています。
いずれにしろ、A案は、原則として脳死を「人の死」とした上で、本人が拒否することもできるとする「例外」を認めるもので、脳死を人の死とする根本的な考え方であることは間違いありません。
そして、「人の死」をどのように考えるのか、という死生観にかかる根元的な重要論点について、「拒否することもできる」という例外を設ける技巧的な方法をもって、批判をかわそうとしているにすぎません。
人の死をどのようにとらえるか国民的合意がまだあるとはいえず、脳死を人の死とする「立法事実」はないというほかありませんから、個人的には大いに疑問符がつく案です。
一方で、臓器移植を待つ患者さんからは、現在の臓器移植法による「15歳以上」という提供年齢では、日本内での臓器移植が不可能で海外渡航するほかない、という切実な訴えがあるのもまた事実です。
B案(提供可能年齢を引き下げ12歳以上とする)・C案(現行法と同じ)では、その訴えにこたえているとはいえないでしょう。
この点、D案は、脳死の位置づけについては現行法と同様にとらえつつ、提供可能年齢は、A案と同じく制限なしとして大きく広げます。
そして、「15歳未満」の場合は、「本人の意思表示」が有効とはいえませんから、家族の同意とともに第三者機関の了承を条件とするところが特色です。
脳死を一般的に「人の死」とすることは避けつつ、臓器移植提供の条件について、「第三者機関の了承」という技巧的な手当をするものです。
「技巧的な手当」をする点は、A案と同じですが、それが、「脳死が人の死か」という根元的な論点ではなく、「提供の条件」という論点についてですので、D案なら現行臓器移植法の「改正」として受け入れる余地があるのではないかと思います(もっとも、D案に対しては、子どもが死亡しているかを「親の判断」に委ねるものであって、酷であるという有力な批判もあります)。
またそもそも、脳死移植件数が1999年以降わずか81例にとどまっており、日本人の国民性からして、法改正でも移植が劇的に増えるとは言えないとも指摘されています。今国会での実質議論がわずか「9時間」であることもふまえると、4案ともに廃案として議論を継続して、国会内合意、国民的合意を模索することも一つではないでしょうか。
皆さんはどの案を支持されるでしょうか?いずれにしろ今月中旬にも採決が行われる見通しです。
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